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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)3183号 判決 1989年9月18日

原告

株式会社テツク

被告

堀越邦昭

右当事者間の昭和62年(ワ)第3183号特許権移転登録等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

被告は、原告に対し、別紙目録一及び二記載の特許権について移転登録手続をせよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、昭和60年4月8日から遅くとも同年9月までの間に、原告に対し、別紙目録一記載の特許権(以下「本件特許権(一)という。)と、同目録二記載の特許権(以下「本件特許権(二)」という。)の特許出願に係る発明についての特許を受ける権利とを譲渡する旨約した。

2(一)  被告は、本件特許権(一)登録名義人である。

(二)  本件特許権(二)は、昭和62年2月26日、設定登録され、被告は、本件特許権(二)の登録名義人である。

3  よつて、原告は、右1の譲渡契約に基づき、被告に対し、本件特許権(一)及び(二)の移転登録手続きを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は否認する。

2  同2(一)の事実は認める。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因2(一)の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二〇号証によれば、同2(二)の事実が認められる。

二  原、被告間において請求の原因1の譲渡契約が締結されたか否かについて判断する。

原告代表者河本龍男は、その尋問の結果中、原、被告間において請求の原因1の譲渡契約が締結された旨供述し、被告は、その尋問の結果中、これを否定する供述をしているところ、成立に争いのない甲第一号証、第六号証、第七号証の一、二、第八、第九号証、第一〇号証の一ないし三、第一一号証の一ないし五九、第一四号証、第一五号証の一ないし五、第一八号証の一ないし三、第二〇号証、乙第一号証の一、二、第四号証及び証人土屋清の証言により真正に成立したものと認められる甲第一七号証、第一九号証の一、二並びに証人土屋清の証言、原告代表者尋問の結果及び被告本人尋問の結果(ただし、後記採用しえない部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告は、昭和50年12月16日、群馬県桐生市を本店とし、公害防止機器の製造販売を目的とする株式会社テツク(以下「旧テツク」という。)を設立し、自ら代表取締役となつて、主としてオゾン発生装置の製造販売業に従事するかたわら、同装置の研究開発をして、昭和51年1月9日、本件特許権(一)に係る発明について特許出願をし、更に、同57年1月21日、本件特許権(二)に係る発明について特許出願をした。

(二)  旧テツクは、昭和59年8月末ごろ、手形決済資金を窮し、旧テツクの代表取締役であつた被告は、従来からオゾン発生装置の取引があつた訴外株式会社河本シヤーリング(以下「河本シヤーリング」という。)に対し、資金援助を要請し、その際、旧テツクのオゾン発生装置に関する技術について被告が特許権を有するもの又は特許出願中のものがあるが、同技術は、将来有望であるなどと述べた。これに対し、河本シヤーリングは、旧テツクのオゾン発生装置並びにそれに関する特許権、特許出願中の権利ないしは技術について関心を抱いていたため、旧テツクに資金援助をすることを決定し、同年8月末、旧テツクに対し、その手形決済の資金として一〇〇〇万円を送金したのを皮切りに、昭和60年4月8日に原告を設立するまでの間に、旧テツクに対し、その手形決済資金、従業員の給料、仕入先への支払い等のため、合計五〇〇〇万円以上の資金を融資した。なお、河本シヤーリングは、現在に至るまで、旧テツクから、融資した資金の返済を受けておらず、また、金銭消費貸借契約証書の類も一切作成されていない。また、河本シヤーリングは、それまで桐生市にあつた旧テツクの工場が手狭になつたため、昭和59年12月ころまでに、長野市に旧テツクの新工場を移転するとともに、旧テツクの営業所を東京に開設して、資金面だけでなく、営業面でも、全面的に旧テツクを援助するようになつたばかりか、旧テツクの資本金一〇〇〇万円の半分の五〇〇万円の株式も取得し、旧テツクの代表者印も河本シヤーリングの方で管理保管するなど、旧テツクをその系列下におさめ、その経営を管理するようになつた。ところが、旧テツクは、本来赤字であつたのに黒字にするなど粉飾決算をしていたことが判明し、また、金融機関及び仕入先等の信用もあまり高くなかつたため、新たに新会社を設立して、その新会社に旧テツクの積極財産及び消極財産を譲渡し、更に、旧テツクの従業員も引き継ぐことになり、昭和60年4月8日、新会社として原告が設立され、代表取締役に河本シヤーリングの代表者の河本龍男、取締役に被告及び旧テツクの従業員であつた土屋清らが選任された。そして、旧テツクは、原告が設立されたことにより、その営業を中止し、旧テツクの長野工場及び東京営業所等の設備並びに得意先等の一切が原告に譲渡された。

(三)  原告の代表取締役である河本龍男は、昭和60年8月23日、信越化学工業株式会社において、財団法人日本特許情報機構を通じて特許情報を検索した際、本件特許権(一)が、既に昭和58年8月10日に、訴外澤村化学機械工業株式会社(以下「澤村化学」という。)を名義人として設定登録されていることを知り、被告に対し、登録名義人が澤村化学である理由を質したところ、被告は、同60年8月30日と31日の二回にわたり、フアツクスで、原告の東京営業所及び長野工場に対し、「本件特許権(一)に係る発明の特許出願について出願公告がされた場合は、被告の申入れによりいつでも本件特許権(一)の名義を被告名義に書き換える」旨記載された澤村化学の被告あて昭和54年5月17日付念書を送信して、本件特許権(一)は、澤村化学のものではなく、もともと被告のものであつて、いつでも被告名義に戻せるものである旨回答した。また、被告は、本件特許権(一)が既に設定登録されていたことが明らかになつたので、昭和60年8月29日、原告名義をもつて、従前から原告と類似の社名で類似の商品を製造販売し、原告の営業に悪影響を与えていた訴外関西テツクに対し、同社と訴外熊谷技研で製造販売している商品は本件特許権(一)を侵害するものである旨の警告書をフアツクスで送信した。更に、原告は、昭和60年9月12日ころ開催された国際オゾン学会に参加し、回転式オゾン発生装置を宣伝し、好評を博したものであるが、そのときの回転式オゾン発生装置のパンプレツトは、被告が作成したものであり、また、被告の指示によつて作成され右学会において使用されたパネルには、特許出願中である旨の表示がされていた。

(四)  被告は、原告設立以後、原告の東京営業所に勤務し、主として、オゾン発生装置の営業を担当していたのであるが、自己の処遇に対する不満と原告代表者河本に対する不信の念から、昭和60年9月20日、同代表者あて退職願を提出して原告を辞職した。被告は、昭和62年5月15日、訴外東洋エレメント工業株式会社に対し、本件特許権(二)について専用実施権を設定し、同年7月27日、その旨の登録を経由し、更に、同年11月24日、原告に対し、原告が製造販売しているフオレスタと称するオゾン発生装置は被告の有する本件特許権(二)を侵害するものである旨の警告書を送付している。

以上認定の事実によれば、旧テツクの代表者であつた被告は、旧テツクの資金繰りに行き詰まつたため、河本シヤーリングに全面的に資金を援助してもらう代わりに、旧テツクの経営を河本シャーリングの管理監督下においたこと、河本シャーリングは、旧テツクのオゾン発生装置並びにそれに関する特許権、特許出願中の権利ないしは技術を評価したため、資金繰りに困つていた旧テツクの資金援助に乗り出したのであつて、仮に、旧テツクのオゾン発生装置に関する特許権、特許出願中の技術を利用しえず、右オゾン発生装置を製造販売しえないのであれば、旧テツクに資金援助をしたり、その後原告を設立したりする意味がないこと、また、旧テツクのオゾン発生装置について特許権又は特許出願中のものがあつたことは、河本シヤーリングの代表者である河本龍男と被告との間において、河本シヤーリングが資金援助をする前から話題になつていたこと、このように、河本シヤーリングにとつては、オゾン発生装置に関する特許権又は特許出願中の権利は利用価値の高いものであり、かつ、これらの権利が存在することを知つている河本シヤーリングと、資金援助を受けていた被告との力関係からいつても、河本シヤーリング、原告設立後は原告の代表者である河本龍男と被告との間において、オゾン発生装置に関する特許権及び特許出願中の権利をすべて原告に譲渡するとの合意があつたとしても、何ら不自然ではなく、むしろ、その方が企業活動の一般常識に合致するものであること、更に、特許出願中と思われていた本件特許権(一)が澤村化学の名義で設定登録されていることが判明した直後、被告は、原告に対し、澤村化学作成の前認定の念書をフアツクスで送信してその点に関する説明をしているのであるが、原告が本件特許権(一)について被告から権利を取得していないのであれば、被告は、原告に対し、右のような説明をする必要はないはずであり、それにもかかわらず、被告が右のような説明をしたということは、前認定のその余の事実を併せ考えると、被告は、原告に対し、本件特許権(一)を譲渡する旨合意していたからであると考えるのが自然であること、以上の事実が認められる。右認定の事実によれば、被告は、河本シヤーリングの代表者である河本龍男との原告設立前からの話合いにのつとつて、原告の設立後、原告の代表者である右河本との間において、オゾン発生装置に関する発明についての被告の特許権及び被告が特許出願をしていた特許を受ける権利のすべてを原告に譲渡する旨約していたこと、本件特許権(一)が澤村化学名義で設定登録されていることが判明し、この点について、被告が原告に対し前認定の念書があることを説明した昭和60年8月末ころには、原告と被告との間において、本件特許権(一)は右合意に基づいて原告に譲渡されたものであることが相互に確認されたものと認められる。被告本人尋問の結果中、右認定に反する供述部分は、前認定の事実関係に照らし、直ちに採用することは困難であるといわざるをえない。

三  以上によれば、原告の請求は、すべて理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 設楽隆一 裁判官富岡英次は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 清永利亮)

<以下省略>

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